フィオナ・タンの淡々とした声と長谷川さんの声を交互に聞くのはおもしろかったです
静岡・伊豆のクレマチスの丘まで行ってきました。
最近、休み明けがなんだかすっごく眠いと思ったら、現実逃避している夫のおかげで週末に出かけてばかりなのだな。
クレマチスの丘は、ヴァンジ彫刻庭園美術館、IZU PHOTO MUSEUM、ビュフェ美術館からなる複合施設。広大な敷地に設けられた庭園がすてきな場所です。最寄りの三島駅からは無料シャトルバスで25分ほど。
東京からも日帰りで行けるので、夫と付き合い始めの2013年に、2人ではじめて遠出したのがこの美術館。
2013年3月の夫。作品の裏からジャンプして顔を覗かせて遊んでいたのが懐かしい。
軽やかにジャンプ
今年の夫も撮ってきました。同じことをするも、苦しそうなかんじに。
青年からおっさんに
季節が違うので、周りの木々の葉っぱのつき具合も違いますね。それ以外は3年前と景色はあんまり変わらないかんじです。
丘にはハーブを生かしたおいしい料理を楽しめるレストランなどもあって、丸1日楽しめる場所です。
庭園を臨むレストランで、ちょっと贅沢なランチをしました
さて3年ぶりの来訪の目的は、映像作家フィオナ・タンの新作『Ascent<アセント>』を観ること。夫が彼女の大ファンなので、展覧会のたび金沢やら恵比寿やら一緒に行きました。
今回の作品のために、作家が数年前から富士山の写真を集めるプロジェクトをしていて、もちろん夫も参加。
どんな作品になるのかしら? と、完成の日をずっと楽しみにしていましたが、『Ascent』はプロジェクトで集められた4000枚にものぼる投稿写真や資料写真を使った映像と、写真展示のインスタレーションとなっていました。
映像作品は、翻訳家の主人公(声はフィオナ・タン)と、その日本人の友人ヒロシ(声は長谷川博己)による往復書簡の、それぞれ英語と日本語のモノローグで構成されており、「ヒロシ、あなたはいつか話してくれたね」と、ヒロシが語った富士山にまつわる神話や歴史が、写真・映像・音のモンタージュで映し出されていきます。
ヒロシは写真家として活動していたのが、登山中の事故かなにかで亡くなってしまったことが伺えて、主人公はヒロシから届いた遺品の写真の束を紐解いているようです。
2人の手紙は富士山の話ばかりで、主人公とヒロシの正確な関係は作中でわからないのですが、行間から主人公とヒロシの互いへの敬意とプラトニックな愛情が感じられて、喪失感に満たされた作品でした。(ちょっと途中ウトウトしてたので、正確ではないかも)
今回の作品は、”日本の文化のなかで富士山が人々にどのようにイメージされてきたのかを考察するプロジェクト”だったらしいので、外の人であるフィオナ・タンによって、自分たちもどこへ目を向けることができるのか、楽しみにしてたのですがうーむ。
それこそ学生時代に外国人の教授の手伝いをしたときに、その教授が「日本人と富士山信仰」について「カミカーゼ」と言いながら話しているのを「ふーん」と聴いていた、普通にアカデミックな講義から受けた印象とだいぶ重なっていたのもあり、ひねくれた鑑賞態度になってしまったかも。
得したぜ、が「幸福をもたらす霊峰として富士山を尊敬していると学生は答えた」と訳されていて、ねつぞうやー! と思いました
だから今回の作品では、富士山のイメージというよりは、長谷川さん演じるなかなか死にそうにないヒロシの命の炎すら消えてしまったという人の命の儚さと、冷たく荘厳な山の持つ美しさ、そして山への畏怖の対比が心に残りました。
鑑賞中は、長谷川さんの生命力に溢れる声と(演じているのが長谷川さんとは知らなかったですが)、淡々と静かなフィオナ・タンの声が合わない気がしたのですが、作品が終わったときに、この2人の声の違いもまた、英語音声と日本語音声、生と死、炎と氷、動いているものと動かないもの、そんな埋められない何かを境に抱えたコントラストとして、重なってはすれ違い、鑑賞から時間が経てば経つほど物哀しく思い起こせるようになっていく気がしています。
それにしても富士山。樹海には行ったし漫画『ドラゴンヘッド』も読んだので、「噴火したらやだな」と思ってはいるけど、正直自分の生活に馴染みはないかも。
夫と話し合った結果「ドラゴンヘッドの最終回ってどうなったっけ」の話になってしまった
行きの新幹線の窓から、雲がたなびく富士山が見えて、そのときに夫と話していたのが「竹取物語の不死の妙薬」の話でした。
子どもの頃「ビデオ絵本シリーズ」の「かぐやひめ」が好きで、何度も何度も繰り返し観ていました。このビデオ絵本シリーズは80年代後半〜90年代にかけて子どもだった人は絶対観たことがあるはず!! 当時VHSは高かったはずですが、こちらは980円程度の低予算低価格版アニメビデオシリーズとして100万本ヒットの大ブームになっていたそうで。DVDがあれば欲しいのですが、もうメーカーじたい無いみたい。
仮面のように無表情な月の使者が怖かったり、
天人が記憶を抹消する羽衣を持って待ち構えているのがこわかった
かぐや姫が帰ったあと「おじいさんとおばあさんは血の涙を流して悲しみました」とか、他のアニメ作品に比べて妙に子どもの恐怖心を煽る演出だったので、すてきな思い出なのかトラウマになっているのか自分でもわからないのですが。
「悲しみにくれた帝がヤケを起こして不老不死の薬を燃やしてしまったらしい山」、つまり人間は老いていつか死ぬということを象徴しているのが、わたしにとっての「富士山」なのかなあ〜。
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