まさか日付が変わらないうちに我が子と対面するとは思ってもいなかったので、体力を無駄に使ってしまった。
▼前回
39週最後の日、出産予定日前日。
運命のお産の日を迎えることになりました。
しかし前回の日記のとおり、おしるしもスカで鳩もスカ。
ちょっとした腹痛に「陣痛!?」とドキドキするのにも疲れ、こりゃ予定日超えるわと完全に緊張の糸が切れておりました。
おやつ食べてお酒飲んで夕寝という幸せなひとときを過ごしていた夫
予定日前日(39週6日)、お産の日
10:00 起床
この日は目覚めてベッドにいるときからなんとな〜くお腹がしくしくと痛いときがありましたが、5〜15分間隔のバラバラと不規則な痛みだったので「いつもの前駆陣痛かな」と判断し、夫とお弁当を作って尾久の原公園へピクニックに出かけることにしました。
とても天気の良い、秋晴れの気持ちいい日でした。
ちなみにこの前日も秋晴れを通り越して暑い日でしたが、大和水産で夫の好物のお刺身を買ったり、都電に乗ってマッサージを受けに行ったり、実家に寄って母お手製の験担ぎお雑煮を食べに行ったり、これまた荒川区内をうろちょろしていた日でした。
12:30
夫と歩いている途中で、何度か「ん、いたた」と立ち止まるくらいの腹痛と張りがあり、「陣痛時計」のアプリで痛みの間隔を測ってみましたが、7分置きだったり30分置きだったりしてまだ不規則でした。
まずは隅田川にかかる尾竹橋を渡って、「お化け煙突」のモニュメントへ。
↑は煙突の輪切り。昔の姿の写真が輪っかの中に見えます
お化け煙突はかつてこのあたりにあった「千住火力発電所」の煙突のこと。見る角度によって本数が違って見えることから、この愛称で呼ばれていました。
夫のひいおじいさまがこの発電所に関係があって、なんでも所長さんだかをしていたそうで。
千住火力発電所は荒川区ではなく足立区のものではあるものの、なんのゆかりもなく荒川区を気に入って住んでいると思っていましたが、夫はちょっとだけこの地に縁があったんですね。素晴らしい。
でもその話を詳しく聞かせてもらうはずだった夫祖父が倒れてしまい、春に亡くなったので、墓参りをするような気持ちで訪れてみました。
夫一族はみんな痛みに強そうな雰囲気で(褒めています)、夫母も「この人(おっと)を産んだときは陣痛が来たかなと思ったからバスと電車に乗って病院に行ったら、着いたとたんにすぐ生まれちゃってお医者さん間に合わなかったの〜」とお話していて、わたしは「ははは、そういうときはタクシーで行かないと。大胆ですね〜」と笑っていたくらいで……。
「夫一族にあやかって安産になりますように」とお願いしておきました。
そのあとは隅田川沿いを歩いて尾久の原公園へ。
今思えば、人通りもまばらのスズメしかいない堤防で産気づかなくてよかったです。
ついに餃子を解禁
16:00 帰宅
尾久の原公園からの帰り道、一龍の餃子の匂いにつられて「餃子食べちゃおっかな。消化した頃に生まれたら理想的だし」と、ずっと我慢していた餃子をここにきて解禁。
おめでたがわかった頃に「餃子を食べたら産気づいて、臭いおならをして助産師さんや夫が倒れる」 という恐ろしい悪夢を見ていたので、臨月に入ってからはおならが臭くなりそうな食べ物は極力控えていました。
それが39週での「おしるしスカ」と「鳩のお告げスカ」で、「今日はまだ絶対生まれない」と思ってしまったんだよなあー。
本当はお店で食べたかったですが、五個入りの餃子をテイクアウト。帰宅後おやつに食べて、夫とyoutubeでライブ映像を観て踊って過ごしました。
ちょうど前の週に受けたインタビューでゆらゆら帝国の話をしたので、懐かしくなってライブを見たり、あとKhruangbinに合わせて踊っていたような。
夫は禁酒中のわたしの前であまりお酒を飲まないようにしていましたが、その日は珍しくコンビニで買った新発売のレモンサワーを飲んで夕寝。
のんびり公園を回ったり、知らない道に遠回りしたりしてトータル8kmくらいは歩いたので、「つまちゃんは疲れてないの?」と夫。
わたしは久しぶりの餃子のおかげで妙に興奮状態になったのか、夫が寝たあとも一人で踊ったりバタバタ運動したりしていました。
赤ちゃんは生まれるとき体を回転させて出てくると聞いていたので、「ドリルこっこ体操」と称して電気グルーヴの「ドリルキング社歌2001」をかけて「ドリルの動きはこう!」と娘に呼びかけながらドリルの真似をしたり、台所の踏み台で全力で踏み台昇降運動をしたり、思い返せば変なテンションでした。
お産が本格的に進んだときも「がんばれうちのドリルキング」とお腹に呼びかけてました。その甲斐あっていいドリルで生まれてきた
17:00すぎ
夫が「お腹すいた~」と起きてきた後も、朝から続く不規則なお腹の痛みが全然なくならない。
今までも不規則な前駆陣痛はあったものの、丸1日お腹が痛いのは初めてでした。
ただ、痛いと言っても歌って踊れるくらいの痛さなので、病院に連絡するか迷いました。
でも赤ちゃんに負担がかかっていたら心配だし、予定日になったらすぐ生まれてきてほしいので「赤ちゃんの心拍を診てもらって、お医者さんにまたいっちょ内診でグリグリと陣痛促進してもらおうか」と、とりあえずシャワーを浴びてスッキリしたところで気軽な気持ちで連絡。
「間隔はバラバラなんですが、朝からずっと腹痛がある」と言うと、「うーん、とりあえず診察するので、念のため入院の用意をして来てください」とのこと。
入院グッズを持って、夫とてくてくと夜の散歩がてら病院に向かいました。
「診察が終わったら、どこでごはん食べる?」
「火鍋でも食べに行く〜?」
そんな会話をしていましたが、まさかそのまま入院になるとは。
陣痛タクシーも予約していたのですが徒歩とバスで行ったので、結局夫母と同じくわたしも「悠長に病院に行った人」になってしまった。
入院グッズ
さて、入院グッズには小さめのスケッチブックを一冊用意しました。
お産用ノートとして作りましたが、娘が生まれたあとも50日記念の手形を押したりして使い続けているのでタイトルがうまく付けられない
入院に必要なもののチェックリストや、陣痛のときに読もうと呼吸法を書いたり、お産のときにくじけそうになったら夫にカンペとして出してもらうために励ましの言葉やエコー写真を貼ったりしておきました。
こんなかんじで
このあと入院してお産が始まるギリギリまで自分の気持ちや体調もメモしていて、夫にもわたしの様子や感想を書いてもらっていたので、この日記はそのメモを元にしています。
そのほかの入院グッズは、病院でも産褥パッドや清浄綿などの消耗品の入った入院セットをいただけたので特別に用意したものはなく。
せっかく家を出る前に確認出来るようチェックリスト形式にしたのに、まさか本当に入院するとは思っていなかったのでチェックしなかった……
用意しておけばよかったなーというものは、搾乳カップ。
わたしが入院した病院は入院中は手で搾乳しなくちゃいけなくて、そのときベロベロこぼしちゃって大変だったので、こちらのカップを事前に用意して入院中から使いたかったなあというのと、
▲こんな便利アイテムがあるということを退院後に夫が見つけてくれた
入院グッズで持っていなかったことを一番後悔したのは爪切り!
産後はやたら爪がすぐ伸びてしまい、入院中は夫がお見舞いの花を活けるときに持ってきてくれたハサミで爪を切るはめに。今まではガラスの爪やすりを使っていましたが、やすりを使うのは産後のバタバタの中では難しい!
夫のものを借りたら「それ、もう10年くらい前に100均で買った爪切りで、足の爪も切ってるしぼくの足はなんかかゆいんだよね」と言うので慌ててネットで買いました。
爪切りを事前に用意しておけばよかったです。
次回「違う、そうじゃない」へつづく。
▼おめでた生活の記録