荒川区に住んでます

荒川区在住30代夫婦の日常。三度の飯と夫が大好きな妻による、夫・観察絵日記です。

カフェ・バッハと泪橋散策

  

カフェ・バッハのコーヒーはやっぱり凄かった

神のコーヒー

荒川区と台東区の境、泪橋交差点を浅草側に歩いたところにある老舗カフェ「カフェ・バッハ」に行ってきました。最寄り駅は三ノ輪か南千住。またはバスも便利です。

 

こちらのお店の店主・田口護さんはコーヒー通から「コーヒーの神」とも称されているほどの名バリスタ。奥さまはパンとお菓子を担当され、ご夫婦で1968年に開業したお店とのことです。

2000年の九州・沖縄サミットの晩餐会でも田口さんは各国の首脳たちにコーヒーを供し、その際にコーヒーが苦手なクリントン元大統領もバッハブレンドには手を伸ばしておかわりまでしたというエピソードがあるそうな。 

わたしたちがてくてくと訪れたのは日曜の夕方でしたがお店は外まで行列の人気店! 席につくまでは20分くらい待ちました。それでも着席まで早いほうだったかもしれない。 

店内は新聞も読めるくらいパキッと明るめで、分煙ながらタバコもモクモク。雑誌もたくさん置いてあって、昔ながらの喫茶店というかんじです。

 

まさに、

 この40年、カフェを続けて、バッハにもたらされたもの、それは「人と人との豊かな関わり」。 私たち夫婦は、バッハという場所で、山谷の労働者たちと深く関わりながら、互いに与え与えられる関係を築くことができました。

Cafe Bach カフェ・バッハ 自家焙煎珈琲 - コーヒースポット

という雰囲気のお店。

でもわたしたちが行ったときは、コーヒー好きがはるばる来た、というかんじのお客さんばかりだったかな……。

 

こだわりのコーヒーのメニューはずらーっとありましたが、サミットでも提供の「バッハ・ブレンド」、そしてチーズケーキとシュルプリーズ(パイシュー)をオーダー。

シューは香ばしいパイ生地のなかに生クリームとカスタードが合わせてあって、濃厚でおいしい〜。チーズケーキはふわっとしたタイプであっさりめ。カスタードの味がとっても好みだったので、またカスタードやクリームを使ったケーキを食べてみたいです。 

「カフェ・バッハ」のコーヒーとお菓子 基本テクニックと63レシピ、コーヒーとの相性を知る

昨年末にこちらの本をkindle unlimitedで読んでケーキを作っていたので、憧れでした♡

 

そしていよいよコーヒー……。

一口飲んで、「あれっ!?」となりました。夫の顔を見ると、夫も目を見開いていました。

苦味も酸味も感じるのにさっぱりした後味で、なんだか不思議というか、飲んだことがない味の具合。酸味と苦味のバランスが奥ゆかしいのにしっかりコーヒーというか、なんだろう〜。

夫もわたしも酸味の強いコーヒーより苦味の強いコーヒーが好きなんですが、そういうジャンルで分けられない味なんです。 ケーキと共にのんびりいただいているうちにコーヒーの味もふくよかさが増しつつも、最後の一滴まで喉越しが良いというか……。うーん、とにかく飲みやすいです。お茶派の元大統領がおかわりしたエピソードにも納得する味です。

 

わたしはコーヒーを飲むのは好きなものの、近所の自家焙煎コーヒー屋さんの豆で夫が淹れてくれるコーヒーで充分で、カフェではケーキを食べるほうが楽しみ。「○○のコーヒーを飲みに行きたい!」と思うほどの情熱を今まで持ったことはありませんでした。でも、カフェ・バッハのコーヒーはまた飲みに行ってゆっくり味を確かめたり、違うケーキと合わせたりしてみたいです!!

 

田口さんは全国にお弟子さんがいるそう。レシピ本の解説のきめ細やかさからも、教育者としても素晴らしい方なんじゃないかしらと勝手にイメージしています。

 

○カフェ・バッハ

○台東区日本堤1丁目23−9

 

泪橋を逆に渡る 

泪橋はどこだ!!

さて「泪橋」について。泪橋はかつてこのあたりを流れていた「思川(おもいがわ)」という川(入掘)にかかっていた橋のこと。燃え尽きたジョー像や歌碑くらいあるかと思いきや、泪橋の名残は交差点の標識とバス停の名前にしか残っていません。

なんもな〜い

 

江戸時代はこのあたりが江戸の境で、その先には有名な刑場がありました。歴史小説などにたまに出てくる「江戸千住に首級を曝す」「小塚原にて獄門に相成候」というと、明治6年まで南千住にあった小塚原刑場で処刑されたということ。現在は鉄道の車庫になっているあたりです。

罪人はこの泪橋で家族や現世との別れを惜しんだそうです。”泪橋”と呼ばれる橋は鈴ヶ森刑場のあった大森にもあり、日本橋を中心にして東国の人は小塚原、西国の人は鈴ヶ森に送られたそうです。

泪橋交差点から少し歩くと、かつての新吉原遊郭だった場所があります。 

カフェ・バッハの所在地は「台東区日本堤」ですが、この地名はかつてあった日本堤という浅草今戸から南千住(三ノ輪)にかけて六丁にも渡った堤防の名残で、吉原土手とも呼ばれました。また、浅草からこのあたりにかけては水上路が発達し、隅田川から山谷堀という堀を通って舟で新吉原遊郭に通う贅沢な遊びを町の名をとって「山谷通い」と言いました。大変風情のある名所だったそうで、歌川広重も「名所江戸百景」で贔屓の芸者をモデルに錦絵を残しています。

真乳山山谷堀夜景 | 錦絵でたのしむ江戸の名所

 

震災を機に堤防は崩され、昭和に入り吉原が衰退すると堀も埋め立てられました。

 

高度経済成長期には簡易旅館(ドヤ)が多く集まることから労働者の街となり、『あしたのジョー』の丹下ジムが泪橋のたもとにあったという設定から、丹下コーチがジョーに言う名台詞「俺とおまえで泪橋を逆に渡ろう」(流れ流れて泪橋のドヤ街にたどり着いたが、そこを一緒に抜け出そう、の意)が生まれ、泪橋は涙と汗のドヤ街の象徴として有名になりました。現在は山谷の地名は廃止されています。

最近アーケードの撤去工事がされている「いろは会商店街」の吉原側の入口にジョーの人形がポツリとあります。インスタ映えスポット。 

 

歴史のなかの思川と泪橋

思川については諸説ありますが、石神井用水を源流として王子用水を経由し、荒川区と台東区を分断するように三ノ輪まで流れたところで分かれ、北東方向に石浜川として、南東方向の流れは思川として泪橋を抜け白鬚橋のあたりから隅田川に注いでいたらしいです。

 

せっかくなのでせめて江戸時代の地図(1842年)のなかに川と橋を見つけようと思ったのですが、すでに埋め立てられていて残念ながら「泪橋」「思川」の表記は見つけられませんでした。ここで初めて知りましたが、『あしたのジョー』の泪橋は架空の橋だったんですね。

現在の地図を重ねるとだいたいこんなかんじなのかな。見たかったな〜思川。

新吉原の手前に日本堤がビョーンとしてます。このへんの古地図は面白いなあ。我が家のあたりは昔は「田畑」ばっかりであんまり何もないです

大きな地図を観たい方はこちらへ↓

国立国会図書館デジタルコレクション - 浅草下谷辺場末絵図

 

思川自体の歴史は深く、源頼朝が馬を洗ったことから駒洗川という別名もあるくらい。

ほかに思川が登場する文献としては、室町時代の高僧・道興准后(どうこうじゅごう 1430-1527)が紀行文『廻国雑記』にて思川について歌っています。

 

うきたひ(浮き旅)の道になかるる(流るる) 思ひ川 涙の袖や 水のみなかみ

国立国会図書館デジタルコレクション - 廻国雑記 コマ番号42

 

この歌を詠む前後に道興は浅草寺→浅茅が原(かつて橋場にあった総泉寺(1555年〜?に創建)の土地。当時はまだお寺は建ってなくて全部野っ原だったのかも。上の地図の右の大きな赤い部分です)→思川→隅田川のほとり、というルートを取っているみたいなので、もしかしたらまさに浅草からもうちょっと行ったらカフェ・バッハくらいのあたりを経由しててくてく歩いたのかもしれません。

浅茅が原で詠んだ歌が「誰もいない寂しい夕暮れ、霜を分けながら野っ原を歩いてるよ……」というこれまた寂しいニュアンスなので、思川に着く頃には寒いし暗くなってきたし足冷たいし〜でだいぶ泣きたい気持ちになっていたのでしょう。

 

刑場は創設が1651年なので、道興の時代に泪橋と呼ばれる橋はあったのかどうかわかりませんが、浅草寺の賑わいを後にしてなかなかセンチメンタルな気分になれる場所だったのかも。当時もカフェ・バッハがあればよかったのにねえ。

 

思川も泪橋もないけれど、わたしは

あったかいコーヒーが飲める時代に生まれてよかった!!!

 

話は戻りまして、泪橋をどうやって逆に渡るかということなんですけど、漫画の泪橋と丹下ジムの場所についてはこちらのブログの方がとても詳しく面白く検証していらっしゃいます。

こちらのブログを参考に、完璧に泪橋を逆に渡るとカフェ・バッハです!!

いいところにいるじゃないかジョー!! 

コーヒー飲んだらまた泪橋を渡って、荒川区に帰ればいいじゃないかジョーッ!!!

 

初デートには向かないかもしれない

泪橋散策、カフェ・バッハもあるし個人的にはおすすめなのですが、初デートでヒールを履いておしゃれした女の子を連れ歩くような場所ではないかもしれません。

というのも、どの駅からも少し歩くということと、泪橋からカフェに行くまでの道沿いの空き地で堂々と御用を足していらっしゃる人がいたりするので気が抜けないということ。

あと夫がコンビニでおトイレを借りたとき、後から来たおじさんに親の仇を見つけたみたいな勢いでドアをガチャガチャされ続けて怖かったそうな笑。トイレはカフェで済ますのが吉かと思います。

近年は簡易旅館目当ての外国人バックパッカーが増えたとかで、新しいカフェやツーリストインフォメーション的な若い人のお店も多いのかなと思っていましたが、そうでもなかったです。

もちろんわたしたちが遭遇したことはたまたまで、別の日に訪れた際には特にそういうこともなく、老朽化した建物が目立つかな〜くらいの静かな街でした。(あ、あとデートなら吉原の現役スポットに迷い込まないようにしたほうがいいかも)

 

つま的理想の泪橋コース

泪橋周辺にはカフェ・バッハの他にもおすすめのお店があって、交差点にある竹製品のお店「暮らしの竹かご屋 市川商店」がとっっっても素敵です。実店舗は金曜と土曜しか開いていないので注意です。お店では竹製品のお手入れの方法はもちろん、道具のいわれや職人さんについても質問すればお話していただけて、楽しかった〜。オンラインショップもありますが、お店がまえが素敵なのでお近くの方はぜひ足を運んでみてください。

楽しすぎて自分を見失う……。 

 

ということで理想の土曜日コース。(歴史散歩などは置いておいて、ごはんメイン)

①三ノ輪のトイ・ボックスでラーメンを食べて浄閑寺の通りを歩いて浪花家で焼き立てのたい焼きを食べ、市川商店へ向かい、お買い物のあとにカフェ・バッハで一休み。いろは会商店街を抜けてあしたのジョー像で記念撮影。三ノ輪に戻って鈴木酒販の角打ちで一杯ひっかけて帰る。

ラーメンもたい焼きもそれぞれ待ち時間は長いので、並んでばっかりなうえにバッハでケーキを食べた日には小麦粉3連発コース。でもいいの。

 

そしてまだ試せていないので憧れのコースがこちら。 

②桜なべ中江で桜鍋ランチ(予約制)か土手の伊勢屋の天丼に並び、明日のジョーと記念撮影。いろは会商店街を突っ切ってカフェ・バッハで食後のコーヒーをいただき、市川商店でお買い物して、鈴木酒販の角打ちで一杯ひっかけて帰る。

お店から漂うタレのいい匂いがたまらん大盛り天丼と、岡本太郎が愛した中江のタロタロユッケを食べてみたいです!

 

ということで、さまざまな物語と歴史に彩られた街、泪橋周辺。

もちろんわたしたち夫婦のような「花より団子派」にも楽しくおいしく、妙に癖になるスポットです。

都電かバスを使えば荒川区のどの町からも行きやすい場所ですし、浅草などからは台東区のめぐりんも便利なので、浅草観光とセットにしても面白いかも!

三ノ輪は都電の終点駅なので、都電の旅をするのもいいかもしれませんね。

土曜日のお散歩におすすめです〜。