荒川区に住んでます

荒川区在住30代夫婦の日常。三度の飯と夫が大好きな妻による、夫・観察絵日記です。

ルパージュ『887』を観た!

今日もお出かけ日記。
ロベール・ルパージュの一人芝居『887』を、東京芸術劇場にて夫と観に行ってきました。
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パンフ!

ルパージュは「映像の魔術師」の異名をとるカナダのケベック出身の演出家で、メトロポリタンオペラやシルクドソレイユの演出なども手がけています。

『887』は、ルパージュの自叙伝的な物語。887は彼が家族と住んでいたアパートメントの番地です。

物語は、詩の朗読イベントでケベックの作家ミシェル・ラロンドによるフランス語詩「Speak White(白い言語を話せ)」を暗誦することになったけれど、どうにも覚えられなくて困る現在のルパージュから始まります。「Speak White」は、英語を話す人々による、他言語を話す人々への人種差別的な侮辱の言葉です。わたしはカナダの歴史をいまいちわかっていなかったので(世界史でやったような気もするけど1ミリも覚えてない……)フランス系カナダ人が、カナダにおいては社会的、経済的弱者としてずいぶん弾圧を受けていたことを、今回のお芝居で初めて知りました。国旗デザインひとつ取っても、フランス系カナダ人への冷遇を感じざるを得ません。うーむ。
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ケベックは特にフランス系カナダ人が多数を占める地域で、カナダ人ではなくケベック人としての文化や国旗を持ち、独自のアイデンティティを持っているとのこと。1957年生まれのルパージュが少年時代を過ごした60〜1970年代のケベックは、ケベック独立運動が最も盛んな時期でした。フランス大統領シャルル・ド・ゴールによる「自由ケベック万歳!」のスピーチ、ケベック解放戦線によるテロなどをルパージュは目にしてきました。「Speak White」が発表されたのもこの頃。
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手品のように奇想天外な演出とアイデアがおもしろい舞台です

ルパージュは自身が育ったアパートについて思い出します。アパート887には、豊かな英国系カナダ人、貧しいフランス系カナダ人、そして当時はまだ珍しかった移民の黒人系家族が当時のカナダの縮図のように住んでいました。他のフランス系カナダ人と同様に、ルパージュの家も豊かではありませんでした。ルパージュの父親は、8歳の頃から働き、タクシー運転手をして家族を養っていました。ルパージュ少年は私立学校を受験しますが、成績は申し分なかったのに、父親がタクシー運転手で貧乏だからという理由で不合格にされたりします。母親は、ルパージュに「不合格になった理由をお父さんには絶対言っちゃだめ」と口止めします。

舞台装置には箱庭のようなアパート887と、小さなフィギュアが使われ、人形遊びをするように、ルパージュは当時の記憶を辿っていきます。

クライマックスで「自分にはこの詩を暗誦する権利はない。聴衆にはこの詩を聞く権利はない。権利があるのは、自分の父親なんじゃないか」と自問自答しながら、舞台で「Speak White」を、怒号のようにフランス語で叫ぶルパージュ。フランス語の破裂音の発音は激しく、記憶と感情の爆発のようです。「gracious living(優雅な生活)とGreat Society(偉大な社会)について話すために白い言語を話せ、もう少し大きい声で喋ってくれないか、俺たちは機械の近くにいるから耳が遠いんだ!」その姿は人を超えて、彼の父親、母親、当時の「ケベック人」たちの記憶の集合体そのもののように見えました。
最後の場面は、祖母を亡くした日に、ひっそりタクシーで涙する父と、ルパージュ少年の姿で幕は閉じます。

と、はしょって書くとかなり社会的で重たいテーマのお芝居のようですが、途中途中たくさんのユーモアを交えた物語だったので、ラスト以外はずっと笑っていました。
自身の追悼番組の事前収録の録画を観てショックを受けたり、詩の一節「Speak with the accent of Milton and Byron and Shelley and Keats」のミルトン、バイロン、シェリー、キーツの順番が覚えられない、ということで「頭文字を取ってMBSK……”松は盆栽、刺身は京都”と覚えりゃいいのか!」と悩んだり。これがわたしのなかでやたらツボってしまい、帰り道にずっとミルトン、バイロン、シェリー、キーツ……と唱えていました。

ルパージュの舞台や映画は、役者、舞台装置(宇宙船のようなキッチン、おもちゃ箱のようなアパート…)、光、音楽、映像、台詞の間、すべてが心地よいバランスで融合されていて、夢と現実の境界にいるような世界に浸ることができます。小型のカメラを使って舞台に映像をシンクロさせることで、彼の目をそのまま味わうこともできます。座席は動いたりしないのに、自分が宙に浮いたり、時間を移動したり、小さくなったり、ルパージュに憑依して彼の宇宙を眺めている、そんな感覚になります。

今回のお芝居も、とにーーーーーーーーかく、すばらしかったです!

ケベックの社会問題については、よその国のことなので中立で考えられる余地を自分に残したいと思いますが、こういう国があって、そこにこういう家族がいたんだ、ということを知った今日の出来事を、記憶していきたいと思います。

以前『La Face cachée de la lune(邦題:月の向こう側)』という彼の一人芝居を観てから、再び彼の一人芝居が観れる日を、この10年くらいずっと楽しみにしてきました。映画版『月の向こう側』のDVDは擦り切れるほど観たよ……ほんと待ってたよ……。まして今回は夫と一緒に観に行くことができて、とてもうれしかったです。夫も隣の席で涙を流しながら観ていました。
よかったよかった。

その後、感動でフラフラしている夫を東武で開催していた有田焼市に連れて行って、夫がボーッとしているうちにレジに引っ張って伝票にサインをさせて有田焼を買ってもらいました。このことについては、夫は何も思い出さなくていい。よかったよかった。
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